白鵬、土俵入りは不知火型

昨日、先の夏場所で全勝優勝を果たした白鵬が、横綱審議委員会で審議の結果、めでたく第69代横綱に推薦されました。この後、番付編成会議と理事会を経て正式に横綱に昇進するそうです。

土俵入りは雲竜型と不知火型の2種類

白鵬の横綱昇進で気になるのは土俵入りの型。横綱土俵入りには「雲竜型」と「不知火型」という2種類がありまして、それぞれ第10代横綱・雲竜と第11代横綱・不知火の土俵入りの型が伝わったものとされているようです。(なんでも、不知火型を考案したのが雲竜、雲竜型が不知火で、型の名前を付けるときに考案者の名前が入れ替わってしまったとか。)

で、今回の白鵬、どっちかなーと思ってたら「不知火型」になるようです。

横綱白鵬満場一致、父子で土俵入り計画
すでに、羽黒山の昔の映像を見ながら不知火型の土俵入りを勉強している。

不知火型の横綱は短命?

で、このニュースを見て気になることがひとつ。不知火型の土俵入りをした横綱って短命で終わる方が多いんですヨ。過去の不知火型の横綱を見てみると….。

  • 第22代:太刀山(横綱在位:6年7ヶ月)
  • 第36代:羽黒山(横綱在位:11年8ヶ月)
  • 第43代:吉葉山(横綱在位:3年10ヶ月)
  • 第51代:玉の海(横綱在位:1年6ヶ月=現役で急死)
  • 第53代:琴櫻(横綱在位:1年2ヶ月)
  • 第59代:隆の里(横綱在位:2年6ヶ月)
  • 第60代:双羽黒(横綱在位:1年2ヶ月)
  • 第63代:旭富士(横綱在位:1年4ヶ月)
  • 第66代:若乃花(横綱在位:1年8ヶ月)

全部で69人いる横綱(伝説的存在の1~3代含む)のうち、不知火型の土俵入りをしたのは上記の9人だけ。その横綱在位期間はご覧の通りなんですが、不知火型を現在の型に完成させたと言われる太刀山は明治~大正の横綱。羽黒山、吉葉山も年6場所・1場所15日制になる前の横綱。

現在の年6場所・15日制となって以降、不知火型の土俵入りをした横綱在位期間の平均はなんと約1年半でしかないんですな…..。

若くしてなった横綱に短命はいない?

そんなことを思いつつネットサーフィンしてたら、下で参照する記事に「若くしてなった横綱に短命はいない」との記述が。

これが気になりまして、上記の不知火型の横綱のうち年6場所制となった以降に横綱になった6人から、現役中に急死した玉の海を除く5人について横綱になった年齢を調べてみた結果がコチラ。

  • 第53代:琴櫻(横綱になった年齢:32歳)
  • 第59代:隆の里(横綱になった年齢:30歳)
  • 第60代:双羽黒(横綱になった年齢:22歳)
  • 第63代:旭富士(横綱になった年齢:30歳)
  • 第66代:若乃花(横綱になった年齢:27歳)

親方とトラブルの末廃業となった双羽黒は例外として、いずれも全盛期は過ぎたか?という年齢ですな。琴櫻は大関を長く務めた末ようやく横綱に。隆の里、旭富士はそれぞれ糖尿病、すい臓炎という持病が。若の花(今の花田勝さん)は小兵であったため怪我に泣かされた…..と、それぞれ短命の理由がはっきりしてるんですよね。

その点、22歳で横綱となる白鵬は190cm、150kgを超える大型力士で大きな怪我もなし。前記の横綱と違い短命で終わりそうな大きな理由が見つかりません。

白鵬はなぜ不知火型を選んだか

とは言え、不知火型は短命と言われるのが通説の昨今。なぜ白鵬が不知火型を選んだかということなんですが、こんな記事がありました。

白鵬「不知火」で先輩の無念晴らす
歓喜の表彰式。「うちの部屋(宮城野)の横綱で吉葉山がいまして。土俵入りは不知火型でやります」と明かした。

決定打は育ての親、熊ケ谷親方(元幕内・竹葉山)の言葉だった。「若くして横綱になった人は短命ではない。自分が歴史をつくればいいじゃないか」。吉葉山は、新十両が決まった1943年に兵役で4年間、土俵を離れた。戦後に復帰し、54年に全勝優勝して33歳で第43代横綱に昇進したが、戦争で負った足のケガや病気に泣かされ、横綱で一度も優勝することなく、在位17場所で引退。宮城野部屋を創設した。悲運の横綱の無念を晴らす思いが、土俵上での宣言に込められた。

なるほど。これは納得。

頑張れ日本人

若乃花以来7年ぶりに不知火型を復活させる白鵬。「短命」というジンクスをぜひぜひ破っていただきたいということで素直に応援したいと思ってるんですが、残念なのは横綱がモンゴル出身力士で占められるということ。

不知火型は白鵬によって復活となりますが、気になるのはこちらも若乃花以来不在となっている日本人横綱。現在の大関陣(魁皇、千代大海。琴欧州はブルガリア出身)を見てみると、その誕生はまだまだ先かもしれませんねぇ。頑張れ日本人!